種山ヶ原・東北砕石工場

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種山ヶ原

種山高原のロッジサイトから物見山を望む

童話「風の又三郎」、劇「種山ヶ原の夜」などここを舞台とした作品も多い。賢治は盛岡高等農林学校3年のときに級友と、ここ種山ヶ原を含む江刺郡地質調査を行った。数日間滞在し、この間に書かれた短歌や麓の郵便局の日付がある書簡が残されている。

五輪峠

五輪塔

「あゝこゝは/五輪の塔があるために/五輪峠といふんだな/ぼくはまた/峠がみんなで五っつあって/地輪峠水輪峠空輪峠といふのだらうと/たったいままで思っていた」(「五輪峠」春と修羅第二集より)
軽便鉄道釜石線鱒沢駅から種山ヶ原方面に向かう北上山中標高556mの峠。賢治はこの峠を越えて種山ヶ原の麓の人首まで歩いたと思われる。

水沢緯度観測所

現在は奥州宇宙遊学館

水沢の天文台ともいう。地方(岩手県)には珍しく世界に繋がる高度なアカデミックな施設だった。賢治は興味を惹かれたとおもわれ、「風野又三郎」などの作品にも登場させている。

東北砕石工場

工場跡に屋外展示されているジオラマ

1931(昭和6)年1月、岩手県南部の陸中松川にある東北砕石工場から技師を委嘱され、当年9月に東京で発熱、病臥するまでこの工場から生産される炭酸石灰の販売に東奔西走する。

東山町の碑

東北砕石工場に技師として勤めた賢治を慕い、地元の青年有志が発願してこの碑を建立した。碑文と揮毫は谷川徹三に依頼した。
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