東公園

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東公園

賢治作品の詩や童話には花巻城址を舞台・題材にしたものがあります。花巻城は明治維新の際に取り壊され、本丸跡地は鳥谷ヶ崎公園として保存、復元されています。隣接する城址の一角に東公園がありました。賢治の時代には市民憩いの場として親しまれ、賢治もよく足を向けたとおもわれます。
この東公園に戦中・戦後にかけて、花巻随一の企業新興製作所が疎開し、花巻経済の戦後の復興に大きな貢献をしました。その後企業は移転し現在は廃屋のまま放置されていましたが、その土地・建物が売却される計画が明らかになりました。
花巻城址の保護と、また賢治ゆかりの地として、市民運動として市の公共用地取得の声があがりましたが、残念ながら財政状況やもろもろの事情により、市長の苦渋の決断により断念されたようです。買い取る企業は、ここに遊戯施設(パチンコ店)やホームセンターなどの立地を計画しているそうです。花巻城址、賢治ゆかりの地の東公園でしたが、もともと工場などに使われていたものが、いままた民間に転売されるのですから、いまさらどうしようもないのでしょうが、それにしてもパチンコ店とは…。

大正時代の花巻の地図(右下に東公園)

東公園跡に建つ工場(現在は廃屋)道路突き当りは鳥谷ヶ崎神社

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