花巻温泉

花巻温泉の全景。電車駅は写真の右奥、温泉街の入口側にあった。左手奥の建物は松雲閣、その右横が南斜花壇の場所。下の道路を左側に進むと台温泉。

花巻温泉電車駅

旧い写真の電鉄駅のあった方向を望む

上の位置から振り返ると温泉街の桜並木が続く

花巻電鉄花巻温泉線の終着駅。ここを降りると目の前に桜並木の温泉街につながっていました。ここの街路樹は、花巻温泉開業の際に花壇の設計・造園を手伝った賢治のアイデア、指導によるものといわれていわています。

大沢温泉

現在の大沢温泉入口

大沢温泉電車駅(温泉入口横)

大沢温泉の入口。坂道をまっすぐ降りると自炊館、右側が旅館。現在もこの配置は変わっていない。 旧い写真の電車駅には、電車と鉄道馬車が見える。電車が開業するまで鉄道馬車が走っていた。

西鉛温泉

現在の西鉛温泉前の道路。奥が新鉛温泉、豊沢ダム。

電車道から西鉛温泉への入口があった場所

当時の西鉛温泉

温泉入口

賢治の父親など宮沢家が保養のため定宿にしていた西鉛温泉。木造4階建ての立派な建物であった。現在は温泉も休止し、建物も撤去されている。旧い写真に電車が見える。鉛線の電車は鉛温泉の少し先の西鉛温泉で折り返した。現在の鉛温泉と新鉛温泉の中間にあった。 

台温泉

逢陽館のあった場所。現在は建て替えられている。

現在の台温泉街

当時の台温泉街

大正7年「5月13日夜 台、逢陽館ニテ 賢治拝」と記し、父政次郎あてに賢治は葉書を出している。この日前後、賢治は稗貫郡から依頼された地質調査に従事しており、予定以上に進行していること、明晩まで当地に滞在予定のことなどを知らせている。
写真は宿泊した逢陽館。賢治の葉書では「只今は客人極めて少なく御座候」とある。この頃の台温泉は花巻温泉が開業する前で、湯量も豊富で非常に賑わった温泉の一つであった。

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